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2008.02.20 Wednesday

『愛の続き』セルフライナーノーツ

『愛の続き』セルフライナーノーツ(『愛の続き/その他短編Aバージョン』より)
all text hasegawaayumu photo:ishizawa chieko(リンクフリー・禁無断転載)


■愛の為に幻になった没原稿たち(『愛の続き』のヴァーチャルについての解説・フックについて)

<ヴァーチャル彼氏>ってのがひとつのキーワードになってるんだけど、チラシでも結構フックとして有効的だと思って掲載してるんだけど、『愛の続き』って少女漫画以外に二つの方向があった。ひとつは<ヴァーチャル>をメインにした疑似彼氏について延々とトリップしてゆくような、漫画→現実→漫画ってスパイラルになってゆくような展開。(演劇界で)判り易くいうと『トランス』みたいなああいう展開。でもあれって今の時代でやると「逃げ」に見えるから無しにした。そういう心理的なものでギミックしていくのはもういい。それともうひとつは結構<ヴァイオレンス>な方向。後半、ストーカーが出て来るんだけどそれも決定稿とはかなり違い凶暴で、読み返すと暴力で愛を誤魔化そうとしたんだよね。それもちょっと違うってなって削除。それで結局残ったのが<少女漫画>だった。西山さんに第一稿から三稿くらいまで目を通してもらってああでもないこうでもないって、相談に乗ってもらってやっと見えて来た。だから松田が佐倉に再開する冒頭で本当は彼女を「殴るつもりで来た」という設定と、憲司がもし本当に佐倉を殴った場合、止めてもらうために「見張りに来た」って設定もカットしました。元カノと談笑しつつ、実は腹の底で殴ろうとしてたってのは、かなりフックはあるんだけどフックだけだなって。それからもう一直線に書き上げた気がする。もう演劇的に小難しいということよりも、多少ベタでもテレビドラマっぽくなろうと、これは少女漫画なんだという意志で<恋愛>に重点を置きました。本当はヤンキー漫画が好きな西山さんから少女漫画のアドバイスをもらい(笑)本当に感謝してます。」

「<ヴァーチャル>って単語でそちらに期待しすぎちゃった人も居たみたいだけど、そんな理由でそちらは掘ってません。考えないでやってる訳じゃなくて全部意図的なの(笑)あのーフックはフックとして機能させて、微妙なズレを楽しんでもらおうって意図もあります。あらすじと本編が「若干違う」、小説の帯のコピーと本編が「若干違う」、このズレってのは僕は楽しめるし、むしろワクワクするんですがみなさんはいかがでしょうか?どんな作品もその溝というか深淵にも味があると僕は感じてます。」



■結局、ストーカーって言う変質的に「続ける」って意志だけ頂いて、あとは無視(笑)。突き詰めると男性の書く歪だけど正直な少女漫画が描きたかった。(原作『愛の続き』について)


「スーパーカーってバンドの作詞を担当してた、いしわたり淳二氏が、作詞の参考に本屋で本のタイトルだけをバーッと見る。ってのを何年か前にエッセイで読んでて、確かにタイトルは作品の顔だし無駄がないよね、って自分も似たようなこと図書館でやってるんですけど。これはそんな中、見つけたのがこの本でした。(参考リンク『愛の続き』)イアン・マキューアンってのはイギリスで尖ってる作家で、最近も9・11をイギリスに置き換えた小説を書いてたりするんだけど。この小説は映画化(タイトルは『Jの悲劇』)もしてます。内容はほぼ一緒なんだけど、ストーカーに追いかけ回されまくってて「なんで警察に通報しないの?」の一言に尽きる作品(笑)。気球の事故で助けられなかった贖罪の意識とか、モチーフで取り入れようとはしたんだけど要素が多過ぎて。結局、『愛の続き』ってタイトル通り執拗に続けようとしてたのは、そのストーカーだけだったんだよね。だからストーカーって設定と、恋愛の未練でも、漫画の連載でもなんでも「続ける」って意志だけモチーフで頂いて後は無視(笑)もう超訳って言っていいのか判らないレベルで。タイトルだけお借りしましたって感じです。映画化されてもタイトル変えられちゃうくらいだから、MUの方がしっくりくるとはおもいますけどね。」

「突き詰めると、恥ずかしいセリフをストレートに出す為の濾過装置として、少女漫画や原作という縛りが機能して欲しかったんだろうなって思います。男性の書く歪だけど正直な恋愛が丸出しの少女漫画が描きたかった。個人的に南Q太やジョージ朝倉のあっけらかんとしたのが好きです。」




■「江ノ島に行けば二人は必ず仲直りする」という魔法のエピソードについて


「QUICKJAPANっていうサブカル雑誌でライターの方が曽我部恵一の『blue』というアルバムのレビューに江ノ島のことを書いてて。それを読んでたら、もう自分の過去の恋愛における江ノ島の価値観とドンピシャだったんですよ(笑)。恐いくらい。「喧嘩しても、江ノ島に行くといつの間にか仲直りしてた」っていう。僕の場合、江ノ島に行ってもまだ喧嘩したりしてましたけど、拝借致しました。あの東京の一番身近な海には、車を持たない若者が行けるロマンスがあるというか、まさにロマンスカーに乗って行くんだけど(親父ギャグ)あの一旦新宿出て満員電車で帰る人たちを横目にビール飲んで、駅弁嗜みながら値段の割には感じれるVIP感を満喫してね、夜の江ノ島に行って、花火して泊まったり。帰りに江ノ電で鎌倉行ったり。オススメです。ちなみに開演する時に流れる曲はサニーデイ・サービスの『江ノ島』という曲です。気づく人は気づいたよね?ちゃんと1分くらいサビまで聞いてもらってから暗転するから親切でしょ。気づいた人は見終わった後でニヤニヤして欲しくて。劇中でも松田が借りてたCDを返すと「懐かしい、サニーデイ・サービス」って勝手に廃盤にしてるんだけど(笑)、なんというか、過去の恋愛の象徴というか。サニーデイ・サービスっていまだに根強いファンが居たり、渋谷系の最終バンドというか、ただのおしゃれバンドってイメージで止まってる人が多くて。それらに対する小さな引導でもあるんだよね。あれは過去だよって。だから変に「サニーデイ・サービス最高でMUはシャレオツ系狙ってる」とか勘ぐりされると、違うよ〜、全然違うよ〜って、逆!逆!引導だから!!って感じ。断然いまの曽我部恵一のソロの方が好きだし。あれは過去のものだから、過去の恋愛だから、現実は「今」なんだよってそういうメッセージもある。これが架空のバンドとかだと違う気するんだよね。演劇とかもヒップホップと同じように実名を出して勝負して行くって時代にいかないと。サニーデイ・サービスって記号を出す事を恐れない。だから、いちいち反応してる人みると、面白いよ。すごく。大袈裟だなあって。」

女の子がパントマイムで雑誌とか読んでると意味ねえなって思う。それよりその子がどの雑誌を読んでるかの方が説得力があると思うんだよね。細部にも神は宿るというか。『nonnno』と『IN RED』じゃ違うでしょ。ってこと。試されることを避けてる気がする、観客が。俺が若い頃って渋谷系が全盛期だったんだけど、もう出るアルバム出るアルバム、どの洋楽が元ネタかって答えあわせだからね(笑)。それをパクリって一言で片付けるのはすごい虚しくて。無知を恥じて勉強したもん。いい勉強になったよ。元ネタ知ってても全然きにならないくらい、スピリッツがあったし。

■表題作は毎回、挑戦。『恋空』に文句あるならお前らちゃんと戦えよ、って警告。

「『恋空』って知ってますか?いわゆる「スィーツ(笑)」と揶揄されるケータイ小説がいま猛威を振るってるんですけど、これって『世界の中心で愛を叫ぶ』が波紋を呼んだのと似ていて、癌とか難病とかでみんな泣くのなんて当たり前だって、当時はみんながキレた。表現者のひとたちも沢山ふざけんなっていってたのね。でもさ、辺り見回すと結局お前ら戦いに行ってねえじゃんって思った。じゃあ、闘病もの書いてみたの?って。唯一戦って勝利を収めてたのは、舞城王太郎くらいしか居なかったもん。「便乗」と「戦い」は違うからね。『恋空』は本当に糞だけど、これに文句言うんだったら、半径5メートルのつまんないくっだらねー恋愛とか畳四畳半の染みったれた恋愛書いてる暇あるなら『恋空』に戦いに行けって思って、書きました。劇作家がいかにマイブーム中心で書き続けていられるかっていう、時代に対しての鈍感さへの苛立でもあるんだよね。渋谷の街歩いてればあのポスターや宣伝が厭でも目に入って来る(下記参照)、小説の企画進めれば、編集者に「ケータイ小説っぽいの書けませんか?」って言われる。よほど鈍感じゃないと、無視出来ないってあんなの。だから俺の中で「今」あえて少女漫画を書くってのは『恋空』へのアンサーでもあり、演劇界への警告。『恋空』の映画観てないけど。

「表題作は毎回、挑戦作なんですよ。前回の『きみは死んでいる』の時もそうだし。あれもゾンビものって皮を被った、どこにも行けない恋愛とか魂とか、天国とか観念の話なんだけど。今回も少女漫画の皮を被った、なんていうか恋愛のぶっちゃけたみっともなさを身も蓋もなくという感じです。観客受けで言ったらね、前回もそうだけどカップリングの方がキャッチーだったりするわけですよ。でもね、阿佐ヶ谷スパイダースの長塚圭史氏が得意な現代劇ばかり描けばいいのに、『みつばち』とか時代劇ものに挑戦したりするよね。ああいう姿勢が劇作家や演出家には常に必要だと思ってる。毎回、同じティストで同じメニューが並んでる定食屋みたいな劇団も、それはそれで大事なんだけど、MUはピンユニットだし、ガンガン攻めて行きたいなって表明です。」




■笑いを武器にしてる劇団や俳優の真面目な顔が見たい。(キャスティングについて)


「sugiurumn(スギウラム)っていう最高のハウスDJのアルバム『What time is summer of love?』(2007)で、90年代前半(Second Summer Of Loveの時期)に活躍したUKロックのスターたちをヴォーカルに召還して一足早く総括しちゃったんだよね。日本人なのに(笑)「彼が今まであこがれた彼自身のヒーローに参加を要請」って、これってすごいことで。だって、一曲目がいきなりAlan Mcgee(アランマッギー)だよ。なんかそういう影響を受けたアーティストに対して、自分がステップアップしたことでフィーチャーしてゲストに呼ぶって姿勢がすごいカッコよかった。痺れて死にそうになった。その男気の影響というか、自分もMUを立ち上げて前作(『きみは死んでいる』)の感触が本当に手応えがあって、拙者ムニエルの寺部さんとかくろいぬパレードとか動物電気とか、そういうぼくが90年代末から00年代初めに影響を受けた劇団・そして俳優へのリスペクトを全開にしてキャスティングしました。そして裏コンセプトもあって、お笑い系の劇団からの客演が多いのですが、そいういう普段お笑いを武器にしている人の真面目な顔が見たかった。きっと彼らもどこかでシリアスなシーンに対して欲望というか待望も秘めているはずだと、勝手に深読みしてる部分もあるんですが(笑)でも、本当に「あなたが見せた事無くて僕も見たこと無いけど知ってる素敵な顔が見たい」とオファーの時によく口にしました。その答えは舞台写真を見ても十分伝わると思います。寺部さんの女々しく泣いて本気で告白する顔、松下くんが自殺しようと鼻血垂らして爆弾を見つめる顔、根津さんのあひるんちゃらのときに見え隠れしていた虚無を全面に出す瞬間、他に書ききれないくらい「出会えた」って顔がありました。終演後にメールで御礼を伝えてたら、松下君からメールで今回の裏コンセプトは「成功なんじゃないですかね!」との返信。思わずガッツポーズした瞬間でもありました。」




次回は『JUMON』のセルフライナーノーツを更新します。お楽しみに。


ただいま『週刊・プライベートは日の丸』を更新中です。
http://au108.exblog.jp/
『愛の続き/その他短編』OUTRO企画TOP(公演後のレビューや写真など)

→CAST紹介一覧(冬の14人)
→http://www.mu-web.net/
■短編集の戯曲(台本)を近日発売予定。併せて上演を希望される団体(劇団、学生問わず)はお気軽にお問い合わせ下さい。


<おまけの追加テキスト>

※『愛の続き』初稿から第3稿までで大きな削除・変更されたのはシーン2の後半からシーン4まで実に12P(20分相当)に及ぶ。
大きな変更点は、1・奥山のキャラクタがストーカーではなく、太一のアシスタント先の師匠・大物漫画家であった
(太一と憲司が同じ職場という設定は残留)
2・太一が後半、奥山の原稿を盗み出し激昂した奥山が田中望美(佐倉)宅を襲撃する。
3・佐倉と奥山も元恋人同志という設定(決定稿では憲司にスライドして残留)で、
佐倉を布団で簀巻き(すまき)にした挙げ句、顔にドンキホーテのビニール袋を被せて圧迫、最終的には戻って来た松田を田中望美と誤解して、ハンマーで「利き腕を潰せ」と迫る。(決定稿では松田が漫画を書くという行動に変更)とかなりのヴァイオレンス度が高かった。

他にも松田が奥の部屋で眠る佐倉へドア越しに「本当は一発ぶん殴ってやろうとおもって来たのね」と爆弾発言したものの、寝れずに睡眠薬を服用。その後、佐倉が松田の布団へベッドインするという愛らしいシーンもあった。今振り返ると映像的ともいえるような布団のなかで静かに散文詩的喧嘩をして散文詩的な恋愛のやりとりをするのだが、「結ばれてしまう」ことが本筋とズレる為、変更となった。佐倉役の足利彩はこのシーンが実はお気に入りだったとのこと。南無。

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